そして「同人」と「二次創作」は切っても切れない関係にあるといっても過言ではないと思う
僕は高校の頃まで「同人」をエロいワードだと思ってましたが、まあキャラエロも二次創作の一種だと思う。間違いなく
この二次創作という概念だけど、考えてみるとかなり言いようのない、特殊な要素を秘めているように感じる
二次創作の特殊性を、否が応にも感じさせてくれるのが、東方やボーカロイドといった、原作に強い色がないジャンル
これらのジャンルでは、まず設定からして原作者泣かせであることが多い、と思う
カップリングなんてもちろんそうだし、親子関係、弟子関係、特定のキャラが赤ん坊になってたりとか、やりたい放題といえばやりたい放題だ。明らかに原作とは乖離している
しかし、不思議なことに、原作さえ知っていれば、何の抵抗もなく読めてしまうのである
東方に至っては、原作を知っている必要もないかもしれない
僕はこの汎用性というか、普遍性というか、そこに二次創作の「共有性」を見るし、また、それが二次創作の最大の特徴であり長所だとも思う。
創作という形で自意識を発散させながらも、一作品のファンとして、横の繋がりも持てるというわけである。
また、「設定」の時点で読者の目を引きやすい。
例を挙げるなら、例えば霊夢と紫が結婚し、霊夢が亭主関白でそれに付き合わされる紫……とかね
この設定が本当に面白いかは置いておくとして、仮に面白いとするなら、その面白さの核は、やはり、「あの霊夢が! あの紫が!」という思いだろう。
しかも、読む人にとっては、明らかにキャラクターが違うにもかかわらず、彼女たちは「霊夢」と「紫」でありつづけるのである。
すげえ不思議な現象だと思います。
また、例えば俺が紫を描いたとして、そうすると間違いなくそれは「俺っぽい紫」になる。
それは誰でも同じことだと思うんだけど、例えばその「俺っぽい紫」を褒める言葉として、きっとこういう言い回しが使われるんだと思う
「ふーみんの紫は可愛いねえ」とか、そんな感じ。
俺の紫? 俺の紫って何だ?
ここに僕は、趣味でそのキャラの絵を描くことと、キャラを使って二次創作するということの最大の共通項を感じずにはいられないわけで、つまり、二次創作という概念がかなりの特殊性を持っているのにもかかわらず、それが簡単に受け入れられてしまうのは、「それ」があまりにもありふれすぎて、それに関して腰を据えて考察をしてみようというインセンティブが極めて起きにくい状態になっているからなんだと思う。
もっと言うなら、「一次創作」とか「オリジナル」と言われている部類のものだって、どこかに、二次創作が持っているような、あるファクターに対する共通項によって共感・評価が得られることもあるわけで(「属性」、なんてまさにそれだ)、だとするなら、一次創作と二次創作は全く違うものではなく、むしろ直線的な繋がりを持ったものであるとは考えられないだろうか。
時々二次創作を嫌う人がいるけど、彼らは上記のような考え方を、自分が愛する創作に対してしたことがあるのだろうか?
また、「一次創作」という行為自体が、自分の中にある、自分が求めるべき絶対的な何かに対する愛を含んでいることから考えても、やはりそれはある程度「二次創作」と共通している。
しかし、やはり、書店で新しい漫画に手を出す時は、ある程度の作品に対する抵抗感を感じるのも確かである。一次創作と二次創作がでは、全く同じかといえばそうでもないのだ。そこには何か明らかな線引きが、やはり存在する……現状では、その可能性は捨てきれない。
ただ、この抵抗感が、単に自身の自意識の変化によってどうとでもなるような類のものだったとしたら、これは一次創作と二次創作がほぼ似通った物であることを証明する根拠になるわけで……ん?(;´∀`)
……まあつまり、何が言いたかったのかというと、二次創作という概念からは、創作が内包する双方向性を色濃く見ることができますよね、みたいなことを書きたかったんですが、なんか自分でもよく分からなくなってきたのでおやすみなさいといわざるを得ない(^p^)