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2009年5月1日金曜日

誕生日の話

僕に言わせれば、誕生日とは「建前」である

何の建前かはまた後で書くとして、とりあえず、誕生日を笑顔で祝うことそのものに対して、僕は批判的に考えてみようと思う

そもそも誕生日が必ずしもめでたいことである必要はない

これは当たり前、年を取るのが嫌な人もいるから

僕が言いたいのは、誕生日が到来したことにより、何らかの心理的な変化を起こさなければならない必然などありはしないということです

何故なら、「誕生日」という概念自体、人為的なものだからです

たまたま、時間単位として「生まれてから一年の日」として誕生日があるわけですが、そもそも「一年」というのも、「日」というのも、ある程度の自然との関係はあれど、人間が作ったものなのです

人が作ったものなら、それに必ずしも人である僕たちが喜んだり悲しんだりしなければならない道理はないと思います。それは喜ばされたり悲しまされてることとそう大きな違いはないような気がします

また、現在の日本では、「ただ生きる」ことはそれほど難しいことではないように思います

ガキの僕が言うのも何ですが。

今は、「とりあえず生きる」ことよりも「どう生きたか」が重視される時代だと思うのです

断定は禁物でしょうが、ほとんどそうであるらしい気風が、世の中にはあると思います

とするなら、僕たちは誕生日を、「到来してしまったもの」と恥じるべきではないでしょうか

まあ「恥じる」というのは多分に僕の美意識を含んでいますが

まず生きることが難しかった昔の人にとって、人生とは深い森を掻き分けて進んでいくような、そういうものであったような気がします

しかし、私たちは、こんな時代ですから、人生を俯瞰することができます

というか俯瞰することをほとんど強制されているような気さえします

成長とはリミッターのタイマー音

私たちは私たちの終着点をある程度予測することが出来てしまうのです

そしてそれは時間と共に正確になっていきます

 

しかし上記のことは、別に誕生日でなくてもできます

一年の計は元旦にありですから、人生を省みるのは何も誕生日じゃなくてもいいと思います

なら誕生日とは何か?

それは建前です

愛情確認の建前です

誕生日にはとりあえず「おめでとう」なのです。これはもう決まっているのです、何故か

僕はそこに、飲み会で肩を借りながら、「お前、俺のこと好きかぁ?」と聞く行為を連想します

相手としては「好きだよ」と言うしかありません、そんな感じ

 

しかしそう思ってみても、「誕生日おめでとう」の一言はやはり嬉しいものなのです

やっぱり嬉しいものなのです

そんな自分に萌えぇぇえええええ~(´∀`*)

 

 

 

色々と日本語がおかしいのは眠いから。多分そう

ゆかりんスレが落ちたらしいので


腹いせにゆかりん題材にしてやるお

今日のテーマは「ゆかりんにありがちなカップリング」

東方という既に研究され尽くされたかに思えるジャンルであるが

その中で敢えて新たな道を開拓したいと思っているあなた

是非参考にして欲しい

 

 

 

①ゆかれいむ

②幽々子と紫

③文に八雲家でおしおき

※ちなみに八雲家においてはゆかりんはハブキャラであることが多い ……気がする

④ ①の派生(?)。ボケるゆかりんに突っ込みの藍

⑤緋想天より、てんことの絡み

 

まだまだある気がする

というか確実にある!

情報を頂けるとありがたいです

2009年4月30日木曜日

緋想天の話


 

緋想天では紫使いです

腕前はHard~Luna手前くらい

ちなみにアリスが大の苦手です

Exアリスにボコボコにされたあげく即切りされたことも   (;^ω^)

Lunaくらいになるとみんなとりあえず密着してくるからしんどいです。密着を許さないだけの技術が欲しいです

そんな俺が最近注目してるのはB射の使い道と、あと前ダと2Bor3Aでの詐欺臭い回避

近距離安定だと思って突っ込んでくる相手の打撃を紙一重で避けたらさぞ気持ちよかろうと思います

あとは空中の立ち回りとかも苦手だしそのへんも弱点かなー

後ろに引きながらだとどうしてもJ6Aがすかってしまう不思議!

読みが当たってるのにカウンター失敗するのが一番萎えます……

NWにいっぱい上手い人いるのでその中で楽しみつつこれからも上達していきたいですね

2009年4月29日水曜日

運命の話

「運命かもしれない」ということを割と本気で思っているタイプです

「割と」というところがミソです

何故ならある程度の疑いは常に持っているというか、

「そこ」は限りなく不確定な部分であり、そうであることで、

ある程度「選択する自由」が与えられていると考えているからです

要するに、「対象は主観によって構成され、対象は認識に従う」わけです

サンタクロースの論理ですね

つまり、「セカイ系」とまでは行かずとも、私たちはある程度自分の主観を「操作」することで、世界をある程度自分の好きなようにコーディネートする力を持っているということになります

世界の「長所」にしても「短所」にしても、僕は結構細かく自分で決めたがる性格です

それは願望というより祈りに近いかも知れません

この世の全てが自分であるといったら行きすぎだし厨二くさいかもしれないですが

あと俺は別にカントについて特に詳しいわけじゃないです

絵と先生の話

独学です

というか、プライドが高すぎて人に習うのが億劫でしょうがない性質なのです

高校までバイオリンをやってましたが、あまり先生の言うことを忠実にはきかず、

自分で考え付いたテクニックばかり試してました

先生ごめんなさい

ただ、「先生」がいないことでこの先越えられない壁に出会うのではないかとちょっと不安です

自分で思う自分の長所や欠点が、全て勝手な妄想ではないとする根拠がどこにもないからです

「先生」がいるときは、例え勝手なことをしてもそれが正しいことかどうかある程度校正に判断してくれる人がいました。ですが、今はそれがない

まあ、ちょっと怖いですが、その「先生がいないことで越えられない壁」というものがもしあったとして、それを見て見たい気持ちは充分あります。

今の俺は素人目に見ても下手糞だとわかるレベルだと思うので、まずはそこを潰していこうと思うわけです。

絵の話

pixivで上手い人に出会えるのはもちろんですが、

何か人間レベルで好きになれそうな人が時々いる

というか一人見つけた

だけど自分が上手くならない限り、やっぱり一方通行ですよねー

当たり前だけど。ちょっと寂しいです

点数だけが現実であり評価だけを見るのが最もシビアーなスタンスだと

個人的にはあまり思わないですが、

やっぱり何か一つのことに取り組む以上、ヒエラルキーという

ある程度厳しい現実があるのは確かなわけですから、

とりあえずそこをインセンティブとして、更に努力を重ねようと考えるわけです

久しぶりに、一週間くらいかけて手の込んだ絵を描きたくなってきました

みなさん、ご存知ですか

地デジカがもう、インターネットで見られなくなるそうです